浅羽 麗 Rei Asaba


研究対象は20世紀前半のアメリカ小説——特にモダニズム文学、南部文学、黒人文学など——で、現在は「人種と情動」というテーマを中心に研究しています。
「情動(affect)」とは大雑把に言うと、自分の心の中で生じるものとしてイメージされる「感情(emotion)」とは区別され、人と人との間の相互作用の中で起こる、言語化し難い心の動きを指す概念です。多民族によって構成される移民国家であり、ネイティヴ・アメリカンからの土地簒奪や黒人の奴隷制といった歴史を持つアメリカという国において、「人種」は現在に至るまで人々の間に激しい情動を呼び起こす概念であり続けているといえるでしょう。ウィリアム・フォークナー、ガートルード・スタイン、ジェイムズ・ボールドウィンなど、主に白人作家と黒人作家によって書かれた「黒人性」をめぐる小説を対象としながら、「人種」というカテゴリーがどのように登場人物、作者、われわれ読者までも含めた「人と人との間の相互作用」としての情動を作品内に生じさせているのか、そしてそのような情動の表象はどのように人種的ステレオタイプと結託したり、逆にステレオタイプに抗ったりしているのか、という問いを研究しています。
より広い範囲で言うと「文字で書かれた言葉に感動する」ということ自体に関心があります。優れた文学作品には、物語の内容だけでなくそれを表現する言葉そのものに、鮮やかなイメージを喚起し、読者の心を激しく揺さぶる力が宿ります。そのような力は、単純化して言えば、作品世界と作者との間に生じる情動的相互作用から生まれてくるといえるでしょう。小説の言葉そのものがもつ力に心を揺さぶられる時、読者もまたその磁場に否応なく引き込まれているのです。そのような言語化しがたい感動——言葉で説明しようとするそばから零れ落ちていってしまうような情動体験——を可能な限り捉えるような研究をしたいと考えています。「人種」という概念は自分にとってアメリカ文学を読む上で、そのような作業に足場を提供してくれるものだといえます。
授業においても、重視しているのは基本的に同じようなことです。ゼミでは、南部文学や黒人文学などの短編、長編作品を読みながら、「小説の英語が読めている」というのはどういう状態なのかを学生に体験的に理解してもらうことを目標としています。英語表現の正確な意味やニュアンスを理解したり、歴史的・文化的背景について調べたりといった「精読」を皆でデイスカッションしながら行うことで、作品の細部への理解を深めます。そうしたトレーニングはレポートや論文を書くためにも重要なのですが、学生たちには単に分析のノウハウを身につけるだけではなく、小説をより楽しむための能力を身につけてもらいたいと思っています。英語を丁寧に読むことで、物語世界やその中に生きている人物たちがより鮮やかに立体的に浮かび上がってくる。物語を語る言葉や文体そのものの手触りをより精緻に掴むことができる。そうして、初めて読んだ時にはあまりピンときていなかった小説が「わかる」ようになり、深く感動できる作品と出会うことができたなら、それが理想です。それは読者としての自分の価値観に変化が起きているということであり、その時、本を読むということが自身の「生きた」経験の一部になっているのだといってもよいかもしれません。
略歴
東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了 。ルイジアナ州立大学英文学科博士課程修了後、同大学でのポスドク研究員を経て、2024年9月より明治学院大学英文学科に勤務。
